「嬉しい」「ただいま」
その気持ちを守るのも
看護の仕事だと思う。

小松原 明希

  • 所属会社
    株式会社HITOWA ヘルスケアカンパニー
  • 職場
    イリーゼ多摩はるひ野
  • 職種
    看護師

健康管理だけではなく、心の調子にも目を向ける

イリーゼ多摩はるひ野で看護師として働く小松原明希の役割は、入居者様の健康管理だ。 ただ、小松原が見ているのは、体調だけではない。

「健康って一言で言っても、心身と心って書くじゃないですか」

眠れない。元気がない。いつもと行動が違う。言葉の様子が少し気になる。 そうした小さな変化も、入居者様の状態を知る大切なサインになる。

体がつらければ、気分も落ち込む。 気持ちの変化が、体調や生活の様子に表れることもある。 だからこそ小松原は、体と心の両方から入居者様を見ている。

「住み心地がどうか、居心地よく過ごせているか。そういった気持ちも聞きながら、いつもと違うことがあれば気をつけて対応しています」

その気づきは、一人では成り立たない。 日々いちばん近くで入居者様と接している介護職の存在がある。

「介護さんたちは、いつもと違いますっていうセンサーがすごく敏感なんです。皆さんが教えてくださるので、ご協力いただきながら対応しています」

看護師として判断する。 介護職の気づきを受け止める。 そして、入居者様の暮らしが少しでも心地よく続くように、必要な対応へつなげていく。 小松原の看護は、健康管理という言葉だけでは収まりきらない。 その人の暮らし全体を見つめる看護だ。

病院は治す場所。介護施設は、その人が暮らす場所。

小松原は、18歳から医療・介護の現場に関わってきた。 高校卒業後、働きながら准看護学校に通い、准看護師の資格を取得。 その後も学校に通いながら現場に入り、正看護師の資格を取った。

看護師になったきっかけは、本人いわく「とても不純」だったという。 もともとは別の仕事をしたかった。 けれど、母親から「生きていくために手に職をつけた方がいい」と説得され、看護の道へ進んだ。

最初から強い志があったわけではない。 それでも、続けるうちに思いが変わっていった。

「やっていくうちに、楽しいかもしれないって思いながら、やっぱり楽しいです」

病院での勤務経験を経て、3年ほど前に介護施設へ。 そこで小松原が感じたのは、病院とは違う施設看護の魅力だった。

「介護施設の魅力ってすごいなって感じました」

病院は治す場所。 治療のためには、生活の自由やその人らしさが制限されることもある。 一方、介護施設は暮らしの場だ。

小松原が最初に驚いたのは、入居者様がお酒を持ち込み、空き缶が出てきた時だった。

「お酒飲んでいいんですか?ってびっくりしました。病院では基本的にダメなので」

もちろん、介護施設にも集団生活としてのルールやリスク管理はある。 それでも、病院よりもその人らしさを尊重しやすい。

「好きに何年も生きてきたから、好きに生かしてよっておっしゃる方も多いです」

その言葉に、小松原は施設看護の意味を見出している。 治すことだけではない。 安全を守るだけでもない。 その人がその人らしく、日々を過ごせるように支えること。 そこに、小松原がこの仕事を「楽しい」と感じる理由がある。

「ただいま」と言ってもらえる場所

小松原がこの仕事をしていて良かったと思う瞬間は、特別な医療処置がうまくいった時だけではない。

「おいしい」
「気持ちいい」
「嬉しい」

入居者様がそう感じてくれた時。 おしゃれをして、社交的に過ごしている姿を見た時。 その人らしく過ごしている様子に触れた時。 小松原は、良かったなと感じる。

中でも印象に残っているのは、入院していた入居者様が介護施設へ戻ってきた時のことだ。

「ただいま」

そう言ってくださった。 その言葉を聞いた時、小松原はここがその方にとっての居場所なのだと感じた。

病院から戻れる方ばかりではない。 入院先で亡くなる方もいる。 状態によっては、介護施設に戻ることが難しくなる方もいる。 だからこそ、「ただいま」という言葉には重みがある。

ここは、単なる介護施設ではない。 入居者様が暮らす場所。 戻ってきたいと思える場所。 その人にとっての、もう一つの家。 小松原は、看護師としてその場所を支えている。

最期の時間を「楽しかった」と言ってもらえた

小松原の心に残っている出来事がある。 ある入居者様が、経口摂取が難しくなり、余命の宣告を受けた。 その後、2週間ほど懸命に過ごされた。

ご家族は、交代で泊まり込みながら、最期の時間をそばで見届けた。 小松原も、その時間に関わった。

「こういうことで困っています」
「ご本人もつらそうです」
「元気な時は、どんなふうに過ごされていましたか」

わからないことや悩むことを、率直にご家族へ伝えた。 ご家族も答えてくださり、一緒に考えた。

逝去された後、ご家族が言ってくれた。

「楽しかった」

お母さんのそばにいられたこと。 家族が集まって泊まり込めたこと。 悩みながらも、一緒に考えられたこと。 そのすべてを含めて、楽しかったと言ってくださった。

「それがすごく嬉しかったです」

看取りは、悲しい時間だけではない。 もちろん、つらさもある。寂しさもある。 けれど、最後の時間をどう過ごすかによって、ご本人やご家族に残るものは変わる。

小松原は、その時間に看護師として手を添えた。 正解を一方的に示すのではなく、ご家族と一緒に考えた。 その関わりが、「楽しかった」という言葉につながった。

大事なのは、希望

小松原が大切にしている言葉がある。
「希望」

入居者様の中には、家に帰りたいと話す方もいる。 不本意に年齢を重ね、病気をし、思うように体が動かなくなる現実がある。 お病気のつらさから弱音をこぼされることもある。 小松原は、その現実から目をそらさない。

「90年以上生きて、身体が思う通りにならない。その中でも、何か楽しみを見つけて生きている姿をとても尊敬しています」

美味しいものを食べたい。
少し出かけたい。
おしゃれをしたい。
誰かと話したい。

そうした希望は、どれも小さなことではない。 その人がその人らしく生きるための、大切な願いだ。

ある看取りの場面では、心不全、腎不全、糖尿病の末期の方が「お寿司をいっぱい食べたい」と望まれた。 ご本人とご家族の希望を受け、小松原は医師に相談した。

「お寿司を食べてほしいのですが、よろしいでしょうか?」

治療の場であれば、難しい判断になることもある。 けれど、介護施設は暮らしの場だ。 安全面を確認しながら、できる限り希望に近づけ、満足して過ごしていただくためにできることを考える。 それが、小松原の看護だ。

むやみに立ち入らず、でも必要な時にそばにいる

介護施設で暮らす入居者様にとって、ここは毎日の生活の場所だ。 帰りたいと思っても、すぐに帰れる場所がない方もいる。 だからこそ小松原は、入居者様の生活にむやみに立ち入りすぎないようにしている。

「今ちょっとお昼寝したいのにな、という時もあると思うんです。今は入っていいかな、と考えながら対応しています」

必要な時にはすぐに関わる。 けれど、その人の時間や空間を尊重する。 看護師だからといって、いつでも踏み込んでいいわけではない。 相手の暮らしにお邪魔しているという感覚を忘れない。

小松原は、看護師の立ち位置をこう表現する。

「主役はご利用者様。ご家族様も主役。ここは介護施設なので、介護士さんが職員の中では主役です。看護師は必要な時に暮らしを支える専門職です」

自分が前に出るのではなく、暮らしの中で必要な時に機能する存在。 そこに、小松原らしい謙虚さと専門職としての覚悟がある。

介護職の気づきがあるから、看護が届く

施設看護は、看護師だけでは成り立たない。 日々の小さな変化を最初に感じ取るのは、近くで生活を支えている介護職であることも多い。

「元気がない」
「いつもと様子が違う」

そうした情報が、インカムですぐに飛んでくる。 小松原は、それを受け取り、必要な対応へつなげていく。

イリーゼ多摩はるひ野について、小松原は「風通しがいい」と話す。

「みんな柔らかいです。チクチクした人がいない。ベースの部分じゃないかなと思っています」

介護職が気づく。
看護師が判断する。
必要に応じて医師やご家族につなぐ。
その連携があるから、入居者様の安心が守られている。

その人の希望に、手を添える看護を

小松原にとって、看護とは一方的に正しさを押しつける仕事ではない。

体調を管理する。
リスクを見る。
医師と連携する。
それはもちろん大切だ。

けれど、介護施設で暮らす入居者様には、それぞれの思いがある。 ご家族にも、ご家族の願いがある。 小松原は、そのすべてを完全に理解できるとは思っていない。

だからこそ、教えてもらいながら、考えながら、寄り添っていく。

「希望やご意向に沿って、わからないながらも手を添えられたらなっていうのが、私の中の大前提です」

病院は治す場所。
介護施設は暮らす場所。

その違いを大切にしながら、小松原は今日も入居者様のそばにいる。 体調を見るだけではなく、表情を見る。 言葉を聞くだけではなく、その奥にある希望を考える。

ここで暮らす日々が、少しでも心地よいものであるように。 その人らしさを大切にできるように。 小松原の看護は、今日も誰かの暮らしにそっと手を添えている。

※ 本ページに記載の情報は2026年8月時点のもので、最新の情報と異なる場合があります。